(サウス応接室, 覆面座談会, 20080624)
今週は、コンテンツの取材でひたすら座談会を開いてインタビューをしていました。
2時間×6回。結構疲れました笑。でもどの回もかなり盛り上がったので面白かったです。
社会人から就職活動を終えた大学生までいろんな人に話を聞きました。
テーマはインターンシップ×1と自己分析×5。
就活についてのノウハウが大量にあふれる中で、自分に合った会社を探せるようになるにはどうしたらいいんだっけ?情報に流されないためのコツというか経験談というのを聞いてみました。おもしろかったのが、インターンシップについては意外と否定的な意見が多かったのに対して、自己分析についてはかなり肯定的な意見が多かったというところ。
●インターンシップ
取材側の前提としては、「習うより慣れろ」ということで、インターンシップ推奨型で意外とそういう意見が拾えるかなーと思っていたのですが、実際聞いてみると、インターン自体に質にばらつきがある、就職活動の必須アイテムみたいなとらえ方(とりあえずやっとけ的なのと、話のタネ的な)をすると得るものがすくないのではという意見が多数でした。
でも、一方で、K同通信のインターンをしていた社会人3年目(現システム会社PG)の話では、飛行機事故の現場に同行した時に、自分が「けが人とかいなくてよかったな」と思ったのに対して、記者が「死亡者いないと記事にならないなー」といった一言で、この仕事はできないと感じたそうで。イメージ先行型の職種に関しては、こういうリアリティを得る場所としては有効なのかもしれません。
で、「もし後輩がインターンどうしたらいいっすかね?」って聞かれたらどうしますっていうお題を投げたところ、「選考のあるインターンにいった方がいい」というところに議論が落ち着いていました。
学生の行動の目的化と予定調整のトレードオフだな思いつつ、インターンシップを方法論にしないこと、○○をやっとけば大丈夫的なことはないというのをちゃんと伝えないとイカンと思いました!社会に対しての興味の持ち方みたいなところをもっとシンプルに伝えたいですね。
●自己分析
取材側の前提としては、「方法論に走りすぎている自己分析という方法論をちょっと否定できないか」みたいなノリでいったのですが、意外とみなさんしっかり自己分析をしていてびっくりしました。しかも、その場限り面接用のエピソード作りではなく、自分のPDSを回すための方法論としてそれぞれ確立しているところが興味深かったです。本当にSEEという意味での自己分析だなーと思いました。
特におもしろかったのは、自分史って書きますかという質問に対しての回答。ちなみに自分史とは、幼稚園とかそれくらいから今までの自分の出来事とかを書きつづったもの。大半の人がほとんど覚えていなくて、あんまり意味がないと言っていたのですが、一人は自然と過去まで振り返っていけて、大変に参考になったというところ。
ほとんどの人は、幼稚園に戻らなきゃとおもって、いきなり遠い過去の一点から現在への振り返りを始めるのですが、その過去まで自然に振り返れた一人は、ちょっと前の出来事を振り返りだしたらアナロジーでどんどんちょっとずつ昔へと戻れたそう。
で思ったのは、たぶん自己分析というプロセスは人間が生きいる以上すでに無意識に行ってきているものだということ。つまり自己分析=なりたい自分に向けたスクラップビルト。過去を整理して、未来のなりたい自分のベクトルに対して使えるものがあれば使って、使えるものがなければそれをちょっと先の未来で見つけに行く、獲得しに行く。で獲得しにいく過程が企業研究とか。
違いじゃなくて同一性。同一性を見つける感度を磨くことが大事。感度を磨く一つの方法が、多くの人に会って話を聞くこと。確かに、「自己分析は一人でやらない方がいい」とか「人に会った方がいい」という意見がたくさん出ていました。納得。
“愛せないのなら通り過ぎよ!”そんな感じでいいのです。
というようなことを伝えようかと思います。
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今回座談会に、FITっていうリクナビのシステム開発をしている方の人たちも参加したいということで参加してもらったのですが、結構いろんなリアリティを拾えたみたいでよかったです。やっぱりそのメディアにかかわる人がちゃんと共通のリアリティとか想いをもってやっていないとだめなんだと強く思いました。これからもいっぱい参加してもらおうと思います。
お金ではなく人を見て、「ありがとう」のためにがんばる。
企画者が規格車になったら試合終了!