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2008年7月19日土曜日

20080718

「タイムマネジメント」


最近、この言葉がキーワードだ。
やらなければいけないことは山ほどあるし、やりたいことも山ほどあって、もっとメディアが良くなる方向にがんばりたい。だけど、時間だけは青天井にあるという考え方はそもそもよくないなーと強く思う。


時間当たりの生産性をいかに上げていくか。それは物事を効率的にやることもそうだし、新しい取り組みを考えていくにしてもそうだ。


たとえば、昨日後輩が、大阪に帰るから8時に帰りたいと言っていたのに、実際帰ったのは夜中の1時。彼のもともとの予定は狂ってしまった。それはあまり正常なことではないような気がする。もちろん、関係者に迷惑をかけていることが最も問題なのだが…。でもそれを個人だけの問題にしてしまうと本質が見えてこない。個人を追い込むだけになってしまう。


後輩のタイムマネジメントができていないというのももちろんそうだが、そもそも2週間で業務引き継ぎ、要件定義の見直し、関係者との折衝、デザイナとの交渉、コーディング、テスト環境チェックというスケジュールが何本も走って、さらにここに営業側MPとシステム運用側MPとの折衝が走る。しかもそれを突然言われるという運用は、無理がありすぎると思う。実際後輩よりは慣れている自分でもかなり無理がある感じだったりするし、そこに新しいプランニングを加えていくことはかなり難しいように思う。


MPに限らず、営業だってそうだ。確かに社数はたくさん抱えているのかもしれないが、いつも「最近どうよ?」に対して「いやー忙しくって…。昨日も帰ったのは夜中の3時だよ。」という返事。それが自分の仕事なんだから時間内に終わっていないのは、はっきりいってかっこ悪いし、仕事できませんって言っているようなものだと思う。そんな人に、何か新しいことやりたいんだけどどう?っていう声はかけられない。



「これでいい」から「これがいい」という仕事を増やす。
そのための最低限のルール作りと全体把握をちゃんとやる。その中で、何に時間を使っているのかを常に把握して、ここに時間を使うべきなのかどうかの優先順位の見直しを常にしていなければならないと思う。



最近は、そういう体制を考えることに僕は時間を使っている。



リクルートの良さは、かかわる個人が他人からの「あこがれる対象」になれること。
楽しくやろう!



●今日のありがとう●

1、B場さん、渉外側のアンケート実施させてくれてありがとう!
2、デザイナS木さん、記事のイラスト何度も書き起こしありがとう!あと一息!
3、N畑、QAのクオリティを下げずにがんばってくれてありがとう!それが一番の価値だよ!
4、I倉さん、素敵な企画書ありがとう!勝間和代、石田衣良etcのINT実現楽しみです。
5、N畑、H藤面白い開会宣言のアイデアありがとう!楽しみだよ!
6、O高さん、部研修のPMありがとう!おかげで楽しくコミットできてます!
7、S君いつもくだらないのありがとう。たいがいお互いくだらないね。
8、10チームのメンバー、楽しそうに定例MTGに参加してくれてありがろう!笑えるMTGにしよう!
9、NA、S井ちゃん、T中君、ナイス企画!でもあともう少し!大阪いけるように交渉がんばります!
10、W辺さんヒアリングありがとう!想いのリクナビを作りましょう!まずはチーフ会♪
11、M利さん、自分のきもーいイラストコレクトしてくれてありがとう笑。枯れないようがんばります!
12、F田さん、いつも僕がたのしくやれるように気を使ってくれてありがとう!僕も気を使います!
13、H枝さん、納品心配して見に来てくれてありがとう!笑顔に癒されます!
14、K嶋、話の中で、「情けは人のためならず」という言葉を思い起こさせてくれてありがとう!
15、K澤さん、くらたまなぶとの飲み会誘ってくれてありがとう!楽しみです!

2008年7月6日日曜日

20080705

今日は飲み会を2つはしごして来た。
ホントはホッケーあるから1つだったんだけど、足がなくていけなくなってたんで、急きょ誘われた飲み会に参加。
んで新宿から歩いて帰って来た。途中、電車乗ったけど・・・。
経路の途中にいそうな人に電話しまくりました。ごめんちゃい笑。


1つ目は、代理店インターンの時の同期。一人は外コン、一人はRのメンツで焼肉食べてきた。
月島のでんでんてお店だけどかなり美味しかった!月島は実は焼肉エリアなのか???※でも店員さんにぼったくられたけど笑。
(※調子に乗って、一番おいしい肉もってくるのだーとか店員さんとじゃれてたら超旨いリブロースのシンとサーロイン持って来てくれたんだけど、それが会計時に一切れ3000円と5000円だと知ったっていうオチ。勉強になりましたー笑)


外コンの同期はインターンぶりに会ったけど、「これから働き方って変わっていくんだろうね?」「女力とは?」「26歳は遊びたくなるのだー」とか「お金の概念はなくなるんじゃないか?」「グローバリぜーションでサバイブよりローカリゼーションでサステイン」みたいなテーマをざっくばらんに楽しく話せて面白かった。


面白いなーって思うのは、自分にできないことを持っている人に最近どんどん会えてる気がして、何かそのうちホントにできるんじゃないかって気がすること。かなりエキサイティングなにおいがする。なんかやりたいなー。


一回、会社に原稿取りに戻って、もう1つの飲み会に参加。


こっちは研究室の後輩が誘ってくれたもの。ありがとう!
かなり久し振りだった。それぞれなんだかちゃんと社会人になってて、楽しく仕事してそうで、おお時間は経つんだなーとか思った。


研究一緒にやってた後輩が、帰り際にポツリといったことが印象深い。
「やっぱ誰とやるかですよね。大事なの。」


いやーホントそうだと思うよ。
何っていうのは別にあとからついてくるから。取り組む姿勢が同じ人と仕事ができることが幸せなんだもの。結果も出やすいし、結果が出ればだれかが「ありがとう」って言ってくれるし。そういう人のロールモデルを見つけることが就職活動だもん。


定期的に飲んでいこうよ!「働く」なんて一生考えるテーマだし!
ここでも異色の組み合わせでなんか面白いことできるかもしれないしねー。


***


んで、副都心線できたし駅とか見たいなーとか思って、新宿から横浜まで歩いて帰れないかなーって思って、でもきつそうだからやっぱチャリでって思って新宿のドンキに行ってママチャリを買おうと思ったんだけど在庫がなくてじゃあ結局歩こうって感じで歩いてきました。


歩いた区間は、新宿→渋谷、元住吉→白楽
途中さすがに横浜は気が遠いと思って、ぎりぎり終電に滑り込んで、渋谷→元住吉は電車。
結局、4時間くらいはかかったけど笑。


いやーでも歩くのって楽しい。いろんな発見があったり、空想ができるから。


目に入ってきたものをヒントに脳みそがどんどんいろんなことを考える。この道っていつ通ったよなー。その時こんなことがあって、こんなことを思ったんだよねー。そういやそのあと、あんなとこ行ったなー言ったなーみたいな感じでどんどん連鎖、どんどん回想、そして新しいスレッドもどんどん。


歩いてると、新しい発見もあって、JALアカデミーって原宿にあるんだーとか、神宮前の交差点のプロントの下に駅できたんだーとか、深夜の原宿は女の子が多いなーとか、b6ビルのデザインはサイトに使えないかなーとか、綱島街道店増えたなーとか、慶応のキャンパスが超巨大になってるとかとか。


歩いて帰って来てみていいなーって思ったのは大きくは2点。


一つ目は、今まで知っていたものが、自分の知っていたものではなくなっているというリアリティを感こと。普段の自分の仕事でも「こうなのだー」ではなくて、「ホントにそうなのかな?ちょっと見てみよっと」ていう癖をもっとつけたいですね。実態は常に変わっている。
あと昔は暗闇って怖かったけど、今って怖くないんだよねー。不思議。


二つ目は、歩いているからこそ分かる感覚があるということ。これは、特に強く思ったのが、一定距離歩いて行くと、足に豆ができるんですよ。で歩き続けるとそれがつぶれるからとても痛い。これってでも歩いてないと分らないし、その痛いっていう感覚がつかめない。痛いっていうのは大事な感覚だと思うんですよねー。痛いなーって思ったらいろいろ歩き方を工夫したりもするわけだし。ホントにやばかったらやめるだろうし。


今の社会はネットですぐ疑似体験できたり、情報取得することで満足している場合が多いから、いろんな痛みを感じることが少なくて結果何にもできない人とか加減をできない人がこれからちょっとづつ増えていくんじゃないかなーとか思ってしまいました。あとは匂いとか、音とかはネットで再現しにくい部分だから、リアルで感じた方がいいなーって思いました。クチナシの花はあんなにいいにおいがするんだーとか、夜中って結構ざわざわしてるんだなーとかとか。



感度をにぶらせない。意外と気を付けててもにぶっちゃうから…。
それがホント大事だなー。



歩けアルカリ!

2008年6月29日日曜日

20080628

(サウス応接室, 覆面座談会, 20080624)


今週は、コンテンツの取材でひたすら座談会を開いてインタビューをしていました。
2時間×6回。結構疲れました笑。でもどの回もかなり盛り上がったので面白かったです。


社会人から就職活動を終えた大学生までいろんな人に話を聞きました。
テーマはインターンシップ×1と自己分析×5。


就活についてのノウハウが大量にあふれる中で、自分に合った会社を探せるようになるにはどうしたらいいんだっけ?情報に流されないためのコツというか経験談というのを聞いてみました。おもしろかったのが、インターンシップについては意外と否定的な意見が多かったのに対して、自己分析についてはかなり肯定的な意見が多かったというところ。


●インターンシップ

取材側の前提としては、「習うより慣れろ」ということで、インターンシップ推奨型で意外とそういう意見が拾えるかなーと思っていたのですが、実際聞いてみると、インターン自体に質にばらつきがある、就職活動の必須アイテムみたいなとらえ方(とりあえずやっとけ的なのと、話のタネ的な)をすると得るものがすくないのではという意見が多数でした。

でも、一方で、K同通信のインターンをしていた社会人3年目(現システム会社PG)の話では、飛行機事故の現場に同行した時に、自分が「けが人とかいなくてよかったな」と思ったのに対して、記者が「死亡者いないと記事にならないなー」といった一言で、この仕事はできないと感じたそうで。イメージ先行型の職種に関しては、こういうリアリティを得る場所としては有効なのかもしれません。


で、「もし後輩がインターンどうしたらいいっすかね?」って聞かれたらどうしますっていうお題を投げたところ、「選考のあるインターンにいった方がいい」というところに議論が落ち着いていました。


学生の行動の目的化と予定調整のトレードオフだな思いつつ、インターンシップを方法論にしないこと、○○をやっとけば大丈夫的なことはないというのをちゃんと伝えないとイカンと思いました!社会に対しての興味の持ち方みたいなところをもっとシンプルに伝えたいですね。


●自己分析

取材側の前提としては、「方法論に走りすぎている自己分析という方法論をちょっと否定できないか」みたいなノリでいったのですが、意外とみなさんしっかり自己分析をしていてびっくりしました。しかも、その場限り面接用のエピソード作りではなく、自分のPDSを回すための方法論としてそれぞれ確立しているところが興味深かったです。本当にSEEという意味での自己分析だなーと思いました。


特におもしろかったのは、自分史って書きますかという質問に対しての回答。ちなみに自分史とは、幼稚園とかそれくらいから今までの自分の出来事とかを書きつづったもの。大半の人がほとんど覚えていなくて、あんまり意味がないと言っていたのですが、一人は自然と過去まで振り返っていけて、大変に参考になったというところ。


ほとんどの人は、幼稚園に戻らなきゃとおもって、いきなり遠い過去の一点から現在への振り返りを始めるのですが、その過去まで自然に振り返れた一人は、ちょっと前の出来事を振り返りだしたらアナロジーでどんどんちょっとずつ昔へと戻れたそう。


で思ったのは、たぶん自己分析というプロセスは人間が生きいる以上すでに無意識に行ってきているものだということ。つまり自己分析=なりたい自分に向けたスクラップビルト。過去を整理して、未来のなりたい自分のベクトルに対して使えるものがあれば使って、使えるものがなければそれをちょっと先の未来で見つけに行く、獲得しに行く。で獲得しにいく過程が企業研究とか。


違いじゃなくて同一性。同一性を見つける感度を磨くことが大事。感度を磨く一つの方法が、多くの人に会って話を聞くこと。確かに、「自己分析は一人でやらない方がいい」とか「人に会った方がいい」という意見がたくさん出ていました。納得。


“愛せないのなら通り過ぎよ!”そんな感じでいいのです。
というようなことを伝えようかと思います。

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今回座談会に、FITっていうリクナビのシステム開発をしている方の人たちも参加したいということで参加してもらったのですが、結構いろんなリアリティを拾えたみたいでよかったです。やっぱりそのメディアにかかわる人がちゃんと共通のリアリティとか想いをもってやっていないとだめなんだと強く思いました。これからもいっぱい参加してもらおうと思います。


お金ではなく人を見て、「ありがとう」のためにがんばる。
企画者が規格車になったら試合終了!

2008年6月19日木曜日

20080617



今日は、08リクナビをやっていた時の上司Mさんが、10リクナビがオープンしたということでご褒美に鮨屋に連れて行ってもらいました。飲みながら上はいろいろ見ていてくれるんだなあ、期待してくれているんだなあとありがたく思いました。

最近、自分の悩みの種の「好き」「無関心」議論についても話ができてよかったです。
また飲みに行けるようにがんばろう笑。てか鮨うますぎ……。

さて、話は変わって、読みたい本リストから斉藤孝×梅田望夫の「私塾のすすめ -ここから創造が生まれる-」という本を読んだ。リードと目次は以下の通り。


レールのない時代である現代をサバイバルするには、一生学びつづけることが必要だ。では、自分の志向性に合った学びの場をどこに見つけていったらいいのか?本書は、志ある若者が集まった幕末維新期の「私塾」を手がかりに、人を育て、伸ばしていくにはどうしたらいいのかを徹底討論する。


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○目次○
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第一章 志向性の共同体

  明治と現代
  ロールモデル思考=あこがれ力
  ロールモデルを消費する
  「自分探し」への違和感
  「けものみち」には直感が大事
  二十年前にもしブログがあれば…
  「志向性の共同体」と創造
  ネットの中で「あこがれのベクトル」を見つける
  「空気」を作るのがリーダーの役目

第二章 「あこがれ」と「習熟」

  機能不全に陥った教育
  上を伸ばすか、全体の底上げをはかるか
  祝祭的な学び体験を重視する
  「あこがれ」と「習熟」
  コンサートツアーかアルバムづくりか
  ブログ執筆と出版
  万単位の人からの喝采体験
  オリジナリティ重視か定着重視か
  ネットは私塾
  全日本国民に対してか十人に対してか

第三章 「ノー」と言われたくない日本人

  「寒中水泳」ではもぐってしまった方が楽
  「組織に与えているもの」と「組織から与えられているもの」
  量をこなすことを恐れない
  打席にどんどんたてばいい
  自分の中に「私淑する人」を作る
  「好きな仕事」でないとサバイバルできない
  メンタル面での自己浄化装置をもっつ
  「心で読む読書」、心の糧になる言葉をもつ

第四章 幸福の条件

  生活が作品
  「いかに生くべきか」を考えることは無駄か?
  大陸的タイムスパン
  やらないことを決める
  優先順位のつけかた
  「ウェブの細道」
  「How are you?」はなぜいつも「Fine」か

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「WEB時代の生き方」を論じてきている梅田望夫と「型」という概念から教育に携わっている斉藤孝が、これからの学び方とは?というテーマについて対談形式で論じる。明治維新の時にも似た、時代の大きな変化がやってきている。どう生きるべきかという悩みがはびこる現代社会の中で、自分探しを否定し、自分が好きなものを探しあてる直感(志向性)こそが本質であることを指摘する。


さらに視点を個人から社会に移し、社会の中で、個人が好きなことを好きと感じられる場所、直感を感じられる場所としての私塾(志向性の共同体、学びの場)の必要性を説いている。二人の年齢が一緒でかつ、バックグラウンドが全く違うにもかかわらず議論が、最終章の「How are you?」はなぜいつも「Fine」かという、上機嫌、人の存在が提供できる幸福感という一点に収束してく感じが好感が持てた。


気になった箇所は下記。


●ロールモデルを消費する

消費という概念であるということが面白かった。一般的にはロールモデルは目的になりがちだがあくまで消費。その人が対象に対してどう学んだのかということをポイントにする。何からエネルギーを得るのかを見つけたり、その兆し見つけて挑戦していく力を養うこと。ロールモデルはあこがれられればOK。


●上を伸ばすか、全体を伸ばすか

梅田が前者、斉藤が後者。梅田は、やる気があって目を輝かせている人がどんどん伸びていく状態が良いと主張。一方斉藤は、誰でもちょっとやって伸びたことがわかる「型」を教育に導入することによって、全体を伸ばすことも可能であると主張。好きになった時、それを突き詰められたり、その種類が増やせる環境をつくることも大事だし、より各自が一歩踏み出すやすいようになる仕掛けをたくさんつくることも差異なく大事で、カスケード的に要素を配置するのがいいのだろうなと思った。それが私塾的教育なのかも。


●「心で読む読書」、心の糧になる言葉を持つ。

斉藤の「本を読んでいて、なぜ今ここにこの言葉があるのだろう」、「自分のために書かれたような言葉」というくだりが共感できた。確かに自分も本が好きで好きでたまらないというよりは、その時気になったものを読む中で、なんとなく自分が思っていたこととかを本を読む、文字を追う偶然の出会いの中で具体化している気がする。 


●生活が作品

生活が作品=時間をどう使うか。ビジョン、アイデア、スタイル。アイデアを生み出していって、ビジョンを実現するときに何らかのスタイルがあるとそこに美意識が生じる。それが●●らしさにつながる。



***
というわけで僕も(話しているのは編集長たちですが…)リクナビで私塾とまではいかないですけど、一歩が踏み出せなくて、ものすごく損している子たちに、自由に遊べる場というか、「就職」ではなく、「働く」っていうことをもう一回自分の生き方に投影して考えていこうよみたいな感じのゆるーいコンテンツを作ってみました。

隔週更新なので、いろんな人をゲストに呼んだり、学生が遊びに来たり、サロンみたいになったらおもしろいなあと思っています。

リクナビ2010 「建前はイカンですよ!」

2008年6月14日土曜日

20080614



読みたい本リストの中から、「3年で辞めた若者はどこに行ったのか -アウトサイダーの時代-」という本を読んだ。

目次、リードは以下のとおり。

すでに平成20年、いまだに多くの会社で昭和の時代から続く風習や決まり事、働き方が支配している。「若者はなぜ3年で辞めるのか?」でその状況を描いた著者が、辞めた後の「平成的な生き方」とは何なのかを指南する。

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○目次○
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第一章 キャリア編

  昭和的価値観1  「若者のは、ただ上に従うこと」
  昭和的価値観2  「実力主義の会社は厳しく、終身雇用は安定していること」
  昭和的価値観3  「仕事の目的は、出世であるということ」
  昭和的価値観4  「IT業界は3Kであるということ」
  昭和的価値観5  「就職先は会社の名前で決めること」
  昭和的価値観6  「女性は家庭に入ること」
  昭和的価値観7  「言われたことは何でもやること」
  昭和的価値観8  「学歴に頼ること」
  昭和的価値観9  「留学なんて意味がないということ」

第二章 独立編

  昭和的価値観10 「失敗を恐れること」
  昭和的価値観11 「公私混同はしないこと」
  昭和的価値観12 「盆暮れ正月以外、お墓参りには行かないこと」
  昭和的価値観13 「酒は飲んでも飲まれないこと」
  昭和的価値観14 「フリーターは負け組だということ」
  昭和的価値観15 「官僚は現状維持にしか興味がないということ」
  昭和的価値観16 「新卒以外は採らないこと」
  昭和的価値観17 「人生の大半を会社で過ごすこと」
  昭和的価値観18 「大学性は遊んでいてもいいということ」
  昭和的価値観19 「最近の若者は元気がないということ」
  昭和的価値観20 「ニートは怠け者だということ」

第三章 新世代編

  昭和的価値観21 「新聞を読まない人間はバカであるということ」
  昭和的価値観22 「左翼は労働者の味方であるということ」

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終身雇用制、年功序列制とった今までのパラダイムが変わってきている中で従来の価値基準を善とすることを著者は、激しく非難する。非難の仕方が割と苛烈なのでそこに本音があると勘違いしそうになるが、本書の本音はそこではない。

本書の本音は、「自分の目指すものが自分の言葉で語れるか?」という視点から、社会で「アウトサイダー」となった様々な個人の体験のインタビューをとっかかりに、正規、非正規雇用の問題に焦点をあて、自分を含んだ労働者がどうしたら正当な対価を得られるか、そのための手段、社会システム、環境を考えるということである。


中でも、2点耳の痛い話があった。


●「年功序列を基礎とした新卒採用至上主義」

年功序列型の会社システムの中で、新卒というのは、建前は「ポテンシャル採用」だが、本音は「もっとも採用単価が安い、システムにあてはめやすい人材」という位置づけである。

このリアリティは、新卒就業を逃してしまった個人は、中途採用のメディアで「既卒、未経験」という人材市場において全く価値のない人材として割り当てられてしまうというセーフティーネットのなさや、中途・派遣業界においては、仕事に値札が付いているというリアリティによく表れている。



●「椅子取りゲームでは、いかに椅子に座らせるかに頭を使うべきだけど、座れないなら座れないなりに幸せになる方法を考える人がいてもいい。」

これは痛かった。リクナビをはじめとした就職サイトはまさに椅子取りゲームだ。経営も、いかに椅子を増やすことを考えている。しかし、椅子に座るだけでは「幸せになれない」個人が増えている現状。そこを、「自分にあった企業」とか、「多様性」とか、「入ってからの成長」などといったあいまいな言葉を置き換えてしまうことの危うさを感じた。


格差社会において何がフェアなのか?
共生とは何なのか?
どう生きるのか?
どう時間を使うのか?


派遣社員と正社員の業務の区分けを明確にすること、仕事の対価を明確にすることなどをはじめとした、個人が組織だけではなく社会に対してコミットメントできる機会を増やしていくような社会の創出が望まれている。


ただ、終身雇用、年功序列が悪いのではない。それらは成長志向の社会の中で適切な社会システムだった。いいところもある。しかし、時代が変わってきているので、いいところはとりいれつつ、日本人にあった幸せ志向の社会システムを作らないといけない。



その流れの中で、これから変革が始まる大学、企業を踏まえて、新卒人材のハブとなっているリクナビは学生に何を提供できるのかそれを考えたい。



僕もなりたいものはあるけど、今は、これを考えることが楽しい。



終りが見えない、ながろうのやりたいことリスト



 

2008年5月26日月曜日

20080525

リクルートには社内(自カンパニー内)でのナレッジ共有を目的とした、「ガルコン」と呼ばれる社内論文制度が年に1回ある。1年目は必須ということで、多分にもれず、自分も書くことになった。


まあ書くこと自体は受け入れるとして、こういった社内ナレッジ制度、なんだかそれ自体が目的になっていてどっちかというと好きではない。もちろん書いてみると、自分の考えていたことや、1年間取り組んできた課題とその意味とか、それが今につながっている現状とかがみれて面白いのだが…。


普段、仕事をしている中で、一冊の分厚い本の中からナレッジを拾うという行為をするのかどうかというところが疑問なのである。使われなければ意味がない、だから作業に満足する以外のポジティブな意味をつけなければならない。


自分の場合にあてはめると、論文を書かなければいけないから、自分以外の人の論文を読んで、スタイルとか分量とかの参考にするという以外に他人の長い論文を読む気になれなかった。ただパラパラとめくってみると、興味を持つ情報が確かにあるものの、日常業務の中でそれをやるかといわれるとちょっと厳しい。



とはいえ、大量の生きた情報が埋もれている会社。
どうしたらユニットとかの小さな情報流通単位を超えた、情報共有が可能なのだろうか?



ちょっと考えてみた。



まず目を通した時に、自分が興味をもったものに共通していたことは3つ。

1、執筆者が劇的に成長していることが明確にわかる。
2、構成が一目でわかる目次が付いている。
3、図情報の多いもの。
4、いわゆるすごい人が書いたもの。



1については、何をやったらそんなに結果が出たのかという、結果を出したのは一体どんな人なのだろうという興味。2については、論文のどこを読むのか、読むのにどれくらい時間がかかるのかを判断する材料。3について、パラパラとみていて、情報に興味をもって中身を見に行く時のきっかけ。4については質の担保というところだろう。



とすると、4以外は、論文を1から10までちゃんと読む必要はなくて、情報単位にアクセスできればよい。
つまり読んだ時になんか発想のきっかけがあって、そこを元にジャンプができればいい。それはカスタマー分析のマトリックスかもしれないし、求人広告のコピーかもしれない。



とにかく、情報単位にアクセスできるようにすること、この1点に尽きる気がする。



本の体裁を保つなら、ただ、受賞グレード別に集めましたというものから、逆引きができるとか、一目でわかるサマリーをつけるとか、論文の体裁をある程度統一するとか編集作業が必要だ。すべての作業をWEBに移行するという乱暴なことは言わないが、情報にたどり着くまでの時間が長すぎることは十分に考慮したほうがいい。



徹夜で論文を執筆しながらそんなことを考えながら、ビジネスにおけるナレッジの統制とかっていうのも意外と面白そうだなーって思いました。

2008年5月25日日曜日

20080524

今日は、先週の疲れがどっと出てしまい、朝帰ってきてからずっと寝てた。
ずっと寝てるだけでは駄目かなーと思って1冊本を読んだ。


読んだ本は、ウジトモコさんの「視覚マーケティングのススメ
ちょっと前にブログのエントリをよんでいて、タイトルにひかれて買ってしまった。


最近、●●のススメという言葉好きだ。
なんでかというと、進め!といわれているようでもあるし、誰かの勧めであるかのようでもあるし、奨めなのかもしれないと感じていて、いろんなススメを見るたびにどれかなーと考えてしまうのである。





著者が言いたいことは、
「デザインはコストではなく、投資である」ということ。

本の構成は、帯にある、「少ない投資で大きく儲けるデザイン戦略」と「デザインセンスを磨く5つのポイント」からなっていて、知識⇒実践という構図になっている。

ちなみに目次は、

●少ない投資で大きく儲けるデザイン戦略

 1、デザインで「商品・サービス」力をあげる
 2、デザインで「価格」をあげる
 3、デザインで「売上」をあげる
 4、デザインで「顧客満足度」をあげる
 5、デザインで「広告・宣伝」効果をあげる
 6、デザインで「マネジメント」を変える

●デザインセンスを磨く5つのポイント

 1、文字      ~デザインの人格は9割文字組で決まる~
 2、レイアウト   ~機能を理解して、感覚的効果まで狙う~
 3、配色      ~可能性おとモチベーションの切り札~
 4、トーン&マナー ~知られざるプロフェッショナルの世界~
 5、コピー     ~最強のパートナー~


自分が読んでいて面白かったところを拾っておくと。

・デザインは休まず働き続ける。
・デザインされているものを人はデザインと認識しない ~人が認識するのは好き・嫌いと階層だけ~
・デザイン=道具としてのデザイン+存在としてのデザイン
・テクノロジーのインターフェースはデザインとユーザービリティ
・デザインは先に決めてしまうが吉
・人が見て感じることはとてもシンプル
・つかむデザインと引くデザイン ~ちょっとづつ何回もと一度にたくさん~
・あなたとデザイン


読後感はとてもシンプルなので、明日から使えそう、なるほど!という感じですね。
文章があまり多くなく、絵が多いのでなんとなく分かったかもと納得感が高いのも良いと思います。



ちなみにこの本のススメは「みんな存分に進め!」ですね。



2008年5月24日土曜日

20080523

(永田タクシー, 永田×2, 20080523 )


最近、相槌を打っているときに3つの言葉を良く使っている気がする。

3つは、「うんうん」と「へえ」と「なるほど」。
でどういう風に違っているのかちょと考えてみた。

結構、相槌とかって感情入ってなさそうで、入っていたりするから自分の場合はどうなんだろうと・・・。

1、「うんうん」

これは、相手の話を聞きたい、理解したいというときに使っている気がする。

ちなみにgoo辞書で調べてみると。

「うんうん」

〔「うん」を重ねた語〕

(感)
 承知の意を表す語。
 「『早く勉強しなさい』『―、わかった』」

(副)
 (1)力を入れて力むさま。
  「―いって押しても動かない」
 (2)苦しんでうなるさま。
  「病人が―(と)うなっている」

ちなみに「うん」単独だと、

(感)
 (1)肯定・承諾の意を表す語。「はい」「ええ」よりぞんざいな言い方。打ち解けた間柄で用いられる。
  「―、明日でいいよ」
 (2)あいまいな返事をするときに用いる語。
  「―、まあ考えておきましょう」

(副)
 (1)力を入れるさま。
  「―と踏ん張る」
 (2)苦しんでうめく声を表す語。

だそう。


2、「へえ」

これは、相手の話にファクトがなさそうなときとか、話がおっきくなってきちゃったなーとかちょっとずれてるなーってときに時に使っていることが多い気がする。

ちなみにgoo辞書で調べてみると。

「へえ」

(感)
 (1)驚いたり、感心したり、疑ったりした時にいう言葉。
  「―、彼が結婚したとはねえ」「―、本当かね」
 (2)(主に関西地方で女性が)応答・承諾などに用いる語。
  「―、おおきに」

だそう。

3、「なるほど」

これは、相手の話を聞いて、自分の知識・経験に似たようなものがあった時に使っていて、フラットな話の掛け合いのきっかけになっていることが多い気がする。

「なるほど~、××だなことってあるよな。そしたら●●については・・・」みたいな感じ。

ちなみにgoo辞書で調べてみると。

「なるほど」

(副)
 (1)相手に同意したり、自ら納得したりする気持ちを表す語。ほんとうに。たしかに。
  「話には聞いていたが、―見事な桜だ」「―たくさんある」
 (2)できるだけ。なるたけ。なるべく。
  「―意気過ぎて、男ふるほどの女郎よべ/浮世草子・一代男 5」

(感)
 相手の言葉に同感である気持ちを表す語。
  「―、その通りだ」「―、もっともだ」「―、―、とうなずく」


意外と、辞書と大意がずれていないことにちょっとびっくり。
こういう普段何気なく使う言葉って意味とか用法とかそんなに考えないし・・・。

KYっていう(空気を読めない?読む?だっけ)って言う言葉が巷にあふれているけど、空気の読み合いは、だれかのベースライン以上にならないからつまらない。創発しない。


何気なく使う相槌とかで、コミュニケーションってもっと楽しめる!


ちなみに「あいづち」は

あいづち 【相▼鎚/相▼槌】
(1)鍛冶(かじ)で、師匠の打つ鎚に合わせて弟子が鎚を入れること。あいのつち。向かい鎚。
(2)相手の話に調子を合わせてする応答。


こちらも自分が思っていることよりも、辞書の方がポジティブ。
意味が見つかる「辞書」ってホントすごいな。


□ 与太話 □

昨日は、2時くらいまで仕事してその後、R25編集のS君に「にくがくいたい」ってメールして、ご飯に行った。S君のハッピー話とかいろんな話をしたんだけど、結局最終的に出てきた言葉が、「俺ら結局話していること1年前と変わらないね」ということ。

これって、変わらないものが見えるようになったとも取れて、変わったところっていうのはそれ以外なんだなーとふと思った。

ついでに変わらないつながりでいえば、この日帰りに使ったタクシー。
降りるときに、領収書見て気付いたんだけど2週間前に使ったタクシーと実は一緒だった!

乗った時、行き先告げると運転手さんがその辺いったことありますよって言ってたんだけど、自分はそれがまさか自分じゃないと思っていたからまったく気にせず・・・。

どうして領収書もらったときに覚えていたかっていうと、名前が永田タクシーだったから。自分の苗字だしw

タクシー選ぶときも、10台くらいいる中のなんとなく真ん中のやつって感じで選んだのに、2週間前にのったタクシー。無意識に選んでいたんだろうか。不思議なもんですね。



で今度見つけたらこのタクシーに乗ろうかなと思うから人ってまた不思議なもんです。
自分が消費しているものに意味をつけるっていうことはとっても大切なのかもしれません。

2008年5月2日金曜日

20080502

□ リコメンデーションについて思うこと。

機械と人間どちらの方がリコメンデーションとして優れているのでしょうという記事がPolar Bear Blogに書かれていたので、大元の記事を読みました。




どうやら状況は、こういう感じです。

最近、Amazonとかの商品リコメンドいけてるよね。
 ↓
リコメンドのアルゴリズムはもっと改良されていくべきだ。
 ↓
人間と機械のリコメンドの精度ってどうなの?
 ↓
JAYとANDYがそれを調べるゲームを作ったよ!
 ↓
みんなでゲームしてみて確かめようぜ!


ユーザーの評価をベースにしたリコメンドの正確さを調べるもののようです。
なのでゲームの形式も、ユーザーの行動履歴、Ratingの分布から、今リコメンドしている商品についてのRatingを予想するというものになっています。


ゲームのやり方についてはPolar Bear Blogに詳しく書いてあったのでこちらを参照してくださいね。
ちなみにかなり難しいです。内容知ってないと判断できない気も・・・orz。



でもこれって、どこで機械と人間の差分をみるんだろう。元の知識に依存するからすごくファジーな部分でくっつけているような気がする。


リコメンドって、Aっていう商品を買った太郎さんの購入履歴が、 B、C、D、E、Fだったときに、同じAを買っていた二郎さんの購入履歴(A、C、D、G、H)を見に行って、太郎さんにG、Hをリコメンドするというもののハズ。


完全にこれだというゴールに導いてくれるものって個人的には気持ち悪いと感じてしまう。サーチは簡単にして欲しいし、より自分が想起できないものまで網羅して欲しいと思うけど、チョイスする余白は残して欲しい。チョイスまでお任せになったら人間って何するの?って感じになりそう。


※サーチとチョイスについては、20080103のエントリがちょっと詳しい。


チョイスを迷うときに、人というファジーなもの(個人的な信頼に依存するもの、コンテクストを理解できるもの)に頼ってチョイスの納得感をあげるという行動に出ているのではないでしょうか?



どこまでリコメンドされるのが気持ちいいのか?
なされるがままでは不感症になっちゃいます!



P.S

ちなみに引用元のIronic Sansのサイトデザインは好きです。
こういう紙っぽい感じのは親しみやすい笑。

2008年4月30日水曜日

20080429

( ルネ・マグリッド,これはパイプではない,20080429)

ほっとするようなエントリがWEBマーケティングブログにあったので紹介。

どこが顔なんだろうと探してしまうものもあれば、この顔はないよなあ、これはびっくりみたいにいろいろあって楽しいです。写真もきれい。
花たちの中でも個人的には、原住民系のコメントに笑。

そして、エントリの最後がチューリップ切るな!でしめられているところが良い!
このエントリで思ったことは、意味を求めながら対象を見ることは大事だなあと。

そのもの自体に意味がなくても、一定のルールを設けることで意味になる。新しいルールで意味をつけることが出来れば、オリジナリティが生まれる。

生きるとは、意味を問われ続けること。